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2010年4月 1日 (木)

未完結のはずの『ドラえもん』には最終回が3つあるという事実と、エイプリル・フールとの関係

今日は、エイプリル・フールでした。
というわけで、エイプリル・フール起源が気になったので、検索pcして調べてみたのですが、どうもハッキリした定説は無いみたいですね。down
不思議です…。気になります。typhoon

仕方ないので、”嘘”つながりでふと頭に浮かんだのが、

漫画『ドラえもん』に最終回は有る?無い?

というベタな話題。coldsweats01

そこで早速、検索pcしてみました。
すると、出るわ出るわ、関連ネタがsign01coldsweats02

まず、原作者が描いたものではない、ニセモノ最終回を取り上げてみますと、
その代表的なものとしては、以下のようなものがあるそうです。

  1. のび太が植物人間状態の中で見た夢だったという説
    1986年頃に一時期子供たちの間で流行したもの。(そういえば、秀もその頃聞いたことがありますsign01
    この噂はマスコミなどでも大きく取り上げられたため、原作者の藤子不二雄が
    「根拠のないデマである」
    「ドラえもんはそのような悲観的な終わり方にはしないつもりだ」
    とするコメントを発表する事態となった。
  2. 無限に増え続けた栗饅頭によって宇宙が滅びるという説
    これは、栗饅頭にひみつ道具「バイバイン」をふりかけて、どんどん倍に増殖させて腹一杯食べようとしたが、食べ尽くせず、増えすぎた栗饅頭をロケットにくくりつけて宇宙の彼方へ飛ばして捨ててしまうという回に基づく内容。
    (どんどん倍に増え続けたら、宇宙が埋めつくされてしまうのではないか?という恐怖心は、秀も子供心に感じていまいした。)
  3. ドラえもんの開発者は、未来ののび太自身だったという説
    ある日突然ドラえもんが動かなくなってしまった。
    未来の世界からドラミを呼んで原因を調べたところ、バッテリー切れが原因だと分かった。
    のび太はバッテリーを換えてもらおうとするが、このままバッテリーを換えるとドラえもんの記憶が消えてしまうとドラミから聞かされる。
    記憶のバックアップを取ろうにも方法が分からず、設計開発者の情報も超重要機密事項となっていて知ることができない。
    のび太は迷った末、とりあえずドラえもんを押入れにしまい込み、皆には「ドラえもんは未来へ帰った」と説明した。
    しかし、ドラえもんのいない生活に耐えられず、猛勉強をしてトップクラスのロボット工学者に成長する。
    努力の末に記憶メモリーを維持したままでドラえもんの修理を完了したのび太は、結婚したしずかちゃんの目の前で、ドラえもんのスイッチを入れる。
    ドラえもんがいつものように「のび太君、宿題終わったのかい?」と言い、復活する。
    ドラえもんの開発者の情報が明かされていなかったのは、実はそれは、のび太自身であったためだった。

    この3つ目のものは、1990年代に、あるドラえもんファンの学生が創作したストーリーとのこと。
    彼は自分のホームページpcに、「僕が勝手に考えた ドラえもんの最終回(仮)」と言明し、公開していた。
    当時この学生は太陽電池の研究をしており、そこから思いついたストーリーとのこと。
    この話が”ドラえもん最終話だ”として広範囲に一人歩きしていることを知った彼は、自身のページに
    「このページの文を勝手に引用しないで下さい」
    「私の知らないところで話が一人歩きしていることに恐怖を覚えています」

    などのコメントを添え、最終的には
    「原作に対する権利の侵害、熱心なファンに対する冒涜であり、このような騒ぎになったのは私の責任」
    だとし、自らホームページを閉鎖した。
    (ちなみにこのストーリーには、原作の設定との矛盾点をいくつか見い出すことができる。)

さて、そんなストーリーを創作した彼ですが、
「ドラえもんには、藤子・F・不二雄先生が描かれた”最終回”がちゃんとあります」
と名言しています。

そうです。それは事実で、しかも、3つもあるそうです。flair

原作者である藤子・F・不二雄によって描かれた”最終回”とはどんなものだったのでしょうか?

  1. 1971年3月号『小学四年生』「ドラえもん未来へ帰る」(てんとう虫コミックス未収録)
    ドラえもんによると
    「未来からの渡航者たちのマナーが非常に悪く、過去の人間に迷惑をかけないために過去への渡航が禁止となり、自分も帰らねばならなくなった」
    とのこと。のび太は泣いて止めるが、否応なしにドラえもんは未来へと帰っていった…。
  2. 1972年3月号『小学四年生』「ドラえもんがいなくなっちゃう!?」(てんとう虫コミックス未収録)
    のび太が、自転車に乗れないことで泣きつくためにドラえもんに道具を出してもらいに行ったところ、ドラえもんが「未来へ帰らねばならなくなった」と言う。
    理由は、ドラえもんに頼りっきりののび太の自立心を養うため。
    のび太が泣いて引き止めるので困ったドラえもんとセワシは、のび太に「ドラえもんが故障した」というウソをついて帰ろうとする。
    すると、のび太がそのウソを素直に信じ「ドラえもんのために我慢する」と言ったので、感激したドラえもんは正直にのび太に告げてしまう。
    でものび太はそれを受け入れ、ドラえもんは未来へと帰っていき、のび太は一人で自転車を漕ぐ練習を始める。
    ドラえもんとセワシはそれを未来の世界から見守るのであった。
    (これは1973年のテレビアニメ化の際の最終回の元となった。)

未完の作品であるはずの『ドラえもん』に最終回が存在する理由の一つは、
かつて連載されていた雑誌が学年誌(小学館の小学○年生)であったということ。
当時ドラえもんは『小学四年生』には掲載されていたが『小学五年生』には掲載されておらず、五年生へ進級する子供が読む機会がなくなってしまうだろうといことで、小学館が”配慮”して、3月号は『最終回』とする必要があったのである。
(これは他の漫画でも同様に扱われていたらしい。)

当初はこのような事情もあって最終回を執筆した藤子であったが、
後に『小学五年生』『小学六年生』にも連載が拡大されたことや、単行本が発売されたこともあり、最終回を描いたのは2回だけで、以後は3月号で最終話とすることをやらなくなった。

しかし、3つ目の”最終回”は、一時は本当に最終回になる予定のものであったといわれているそうです。

1974年3月号『小学三年生』「さようなら、ドラえもん」(てんとう虫コミックス第6巻に収録)
いつもの通り、ジャイアンにいじめられて帰ってきたのび太。
ドラえもんに甘えるが、ドラえもんは「未来に帰らなければいけなくなった」とのび太に告げる(理由は不明)。
最初は泣いて引き止めたのび太だが、パパとママに説得されてこれを受け入れ、最後の夜に二人で夜の散歩に出かける。
涙を見せまいとしたドラえもんと途中で別れたのび太は、夜中に寝ぼけて徘徊するジャイアンに出会い、喧嘩になる。
ジャイアンに何度も何度も倒されるが「ドラえもんに頼ることなく自分がしっかりしないとドラえもんが安心して帰れない」と、必死でジャイアンにつかみかかり、ついに最後には自分の力のみでのび太はジャイアンに「悪かった、おれの負けだ、許せ」と言わせることができた。
そこに駆けつけたドラえもんはボロボロになったのび太を担いで家に帰った。眠るのび太の横顔を涙ながらに見守っていたドラえもんは、朝の陽光が差すときにはもういなかった…。

 

なぜこれが”本当に最終回になる予定”だったのかというと、この前年にアニメ第1作が終了したことや、作者が新しい連載(『みきおとミキオ』など)を抱えていたという事情などがあり、一時期は本当の最終回にするつもりで構成したものとのこと。

ではなぜ”本当に最終回”にならなかったのかというと、作者はドラえもんの事が頭から離れず、思い直して『帰ってきたドラえもん』を描くこととなり、翌月号に掲載してドラえもんは続けられることになったとのこと。

1974年4月号『小学四年生』「帰ってきたドラえもん」(てんとう虫コミックス第7巻収録)
ドラえもんがいなくなった後、暗い毎日を過ごしていたのび太だったが、気をとりなおして明るく暮らすことを決意する。
外へ出ると突然ジャイアンが現れ、のび太に「ドラえもんを見かけた」と言う。
「ドラえもんが帰ってきた」と思ったのび太は大はしゃぎだったが、しかしその日は4月1日。
つまり「ドラえもんを見かけた」というジャイアンの話はエイプリルフールの嘘だったのだ。
残酷な嘘にだまされて泣いているうちに、のび太はドラえもんが「ぼくが出て行った後、どうしても我慢できないことがあったらこれを開け、必要なものが出てくる」と言って残して行った、ドラえもんの形をした箱を思い出す。
出てきたのは、しゃべったことが嘘になる、つまり、しゃべったことの逆が現実化するという飲み物「ウソ800(うそえいとおーおー)」だった。
これを飲んで、のび太はジャイアンやスネ夫に嘘をついた仕返しをする。
(「今日は良いお天気だね~」とのび太が二人に言うと大雨が降り、「激しい雨が降ってきた」と言うと日本晴れになったり)
しかし、仕返しを終えると虚しくなってしまい、
「ドラえもんは帰ってこないんだから」
「もう、二度と会えないんだから」

と独り言をつぶやく…。
そして部屋に戻ると、なんとそこにはドラえもんがいた。
ウソ800を飲んでいたので、
「ドラえもんは帰ってこないんだから」
「もう、二度と会えないんだから」

という独り言がになり、
「ドラえもんが帰ってくる」
「また会える」

ということが現実になったのだ。
のび太は
「うれしくない。これからまた、ずうっとドラえもんといっしょに暮らさない。」
と逆さ言葉で再会を泣いて喜ぶのだった。

あぁsign01 懐かしいですsign03
これコミックスで初めて読んだとき、すごく驚いた覚えがありますsign01wobbly

こんなところに、エイプリル・フールがネタとされていたんですね~。flair
藤子・F・不二雄先生は、偉大ですね。shine

(今回の内容は、ウィキペディアの情報を編集して掲載させていただきました。もっと詳しいことが書かれていますので、興味のある方は是非ご覧になっていただきたいと思います。)

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コメント

やー。。。懐かしさと奥行き深さでちょっと絶句。
3月半ば、どらの映画観ましたが、なにやら物足りなさがあったのよ。感動も中途半端だったし。
最終回伝説に触れられてよかった。ありがとう!

昔のまんが、あの「サザエさん」が、おばの家のレトロなたんすにぎっしり並んでいた。
急にフラッシュバック、そういう感覚好きだな。

投稿: けーこら | 2010年4月 5日 (月) 11時07分

>>けーこらさん

サザエさん、私も原作本大好きです。
長谷川町子さんの作品では、意地悪ばあさんの方が、もっと刺激的で好きですよ。
お医者さんの診察室に並んでいて、待ち時間によく読んでいました。
あぁ、思い出がフラッシュバック~。

投稿: | 2010年4月 7日 (水) 01時07分

いやぁ、今日初めて、Youtubeには最終回ネタがたくさんアップされていることを知りました。
面白がって観てしまうけれど、冷静に考えると、これは著作権を犯す行為とも言えるので、勝手にキャラクターを使用した創作物を公開することは慎んだ方がよいと思いました。
「カタイこと言うなぁ」と思われるかもしれませんが、これからはコンテンツビジネスを大事にしていくという観点から、大人の対応は必要だと思います。

投稿: 秀 | 2011年12月15日 (木) 00時50分

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